司法書士による無料電話相談はこちら

意見書・会長声明等

破産者等の個人情報に配慮した対応及び法整備を求める申入書

2020.02.17
お知らせ

破産者等の個人情報に配慮した対応及び法整備を求める申入書

2020年2月17日
全国青年司法書士協議会
会長 半田久之

 当協議会は、これまで長年に亘って多重債務やヤミ金の問題に対して現場で市民の生活再建を支援してきた立場から、過去に破産や個人再生の手続きを受けた方々(以下、「破産者等」という。)が、官報に掲載された個人情報を悪用されることによって生活の再建が阻害されている現状を問題視し、以下のとおり申し入れる。

第1 申入れの趣旨
1 インターネット上で提供している「官報情報検索サービス」から、破産者等の個人情報をただちに削除するよう求める。仮に、これの早急な実現が難しい場合でも、破産者等の個人情報の機械的大量取得を不可能とする技術的な対策を講ずることを予備的に求める。
2 個人の破産および再生手続きの経歴やいわゆる信用情報を、個人情報の保護に関する法律第2条第3項に定める「要配慮個人情報」に含めるよう求める。
3 破産法および民事再生法に規定されている「公告」を、裁判所によってWEBシステム上で行われるよう改正を求める。

第2 申入れに至った事情
1 「破産者マップ」の出現
 平成31年3月中旬ごろ、インターネット上に「破産者マップ」というWEBサイト(以下、「破産者マップ」という。)が公開されたことが大きな問題となった。
 この破産者マップは、過去に破産手続開始の決定及び再生手続開始の決定等(以下、併せて「破産手続開始の決定等」という。)を受け官報にて公告がされたその公告内容をデータベース化し、Googleマップというインターネット地図上にピンと呼ばれるしるしをつける形で表示させることで、過去に破産手続開始の決定等を受けた方々を地図上で容易に確認することができるようにしたものであった。
 過去に破産手続開始の決定等を受けたという事実は、これを経験した方々にとって他人に知られたくない情報である。たとえ一度公告されている情報だとしても、みだりに開示されたくないと考えることが自然であり、「破産者マップ」の出現によって破産者等が受けた精神的苦痛は察するに余りある。後述する当協議会が実施している電話相談事業には、深刻な相談が多く寄せられている。
 そして、本事件は、以下のとおり、現行の制度上の問題に起因するものである。

2 インターネットでの官報の公開に関する問題点
 内閣府は、独立行政法人国立印刷局のWEBサイト「インターネット版官報」において、過去30日分の官報情報を無料で閲覧できる状態にし、また、「官報情報検索サービス」において、昭和22年5月3日以降の官報を検索・閲覧できる有料サービスを提供している。そして、それら提供されている情報の中には、破産者等の住所や氏名などの個人情報が含まれており、利用料さえ払えば、世界中の誰でもそれらの情報にアクセスし、取得・利用することができる状況にある。破産者マップは、この、「インターネット版官報」および「官報情報検索サービス」に掲載されていた個人情報をもとに作成されたものと推測される。
 破産法が手続の開始決定を官報に公告する趣旨は、「債権者その他多数の利害関係人に大きな影響を与えるため、関係人に破産者について破産手続開始の決定がなされた事実を知らしめ、権利行使の機会を与え、第三者が不測の損害を受けることを防止する点にある」(全国倒産処理弁護士ネットワーク編『注釈破産法(上)』231頁)。つまり、破産手続等における公告は、債権者その他利害関係人が権利を行使できる期間掲載されれば、その目的を十分に達成すると言える。破産手続終了後も当該事実を公開し続けることで、これらの情報をいたずらに取得し目的外利用する無関係の第三者が出現することは当然に予見し得るものであり、その結果、手続を必要とする方々にそれを躊躇させ、破産法の本来の目的である、債務者の「経済生活の再生の機会の確保」(第1条)を損なうことになることは本末転倒と言わざるを得ない。
 現に、「破産者マップ」が原因で個人情報が晒されることに不安を覚え、破産手続の申立てを再考せざるを得なくなる方々がでてきているばかりか、実際に免責手続によって生活を取り戻していたにもかかわらず、破産経歴が職場で広まったことで退職を余儀なくされ、生活していく上で新たな困難を抱える方まででてきており(別添相談集計表)、看過できない問題となってしまっている。

3 個人情報保護法における問題点
 個人情報保護法は、主に個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めた法律であり、個人情報取扱事業者は、個人情報の収集・使用を一定の目的のために制限され、収集した情報の適正な管理義務を負い、目的が終了した際には情報を破棄する義務があることなどが定められている。   これは、個人情報がみだりに開示され、悪用されると、公開された内容によっては、本人に有形無形の損害が生じる恐れがあるためである。過去に破産手続の開始決定等を受けたという破産者等の個人情報が、経済的信用に関する重大な情報であり、本人に与える影響が大きいことを考えると、その取扱いには相当慎重な配慮が必要なはずである。
 しかしながら、個人情報保護法上、破産手続の開始決定等を受けたという破産者等の個人情報は、オプトアウト規定(個人情報保護法第23条2項)による個人情報保護委員会への届出さえ行えば、本人の同意なく第三者へ提供することが可能となっており、本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するべきとしてその「取得」に制限がかけられ、オプトアウト規定の適用を除外されている「要配慮個人情報」(同法第2条第3項)には含まれていない。そのため、破産手続の開始決定等を受けたという官報に掲載された情報は、誰でもその情報を取得し、データベース化することができ、届出さえすれば第三者への提供さえ可能となっている。

第3 申入れの理由
1 申入れの趣旨1について
 近時、過去の前科前歴といった本人の不名誉な情報が、いつまでも検索エンジンを介してインターネット上に掲示され続けることが不当であるとして、その削除を求める権利、いわゆる「忘れられる権利」について議論がされている。
 人には、それが事実であるとしても、差別や偏見につながりかねないデリケートな情報については、みだりに公表されない権利がある。もちろん、個人の信用情報は公的な関心事であり、破産手続等は秘密裡に行われてはならない。しかし、破産手続に直接的な利害関係が見込まれる債権者らは、注意深くこれをチェックしており、さほど長い期間この情報を公表しておく必要はないはずである。ましてや、手続きが終了したものを、劣化しないデジタル情報として半永久的に公開することは、破産者等に対する制裁以外の何物でもない。
 現在、国立印刷局においては、個別の事件における債権届出期間等の事情を特に考慮せず、30日を超えたものについては、一律に「インターネット版官報」では閲覧できないようにしている(有料サービスへ移行させている)。であるならば、個々の事件の事情によらず、一定期間が経過したものについては、インターネット上で提供している官報情報から破産者等の個人情報を削除することも可能なはずである。一定期間をどの程度とするかは検討を要するにしろ、少なくとも「官報情報検索サービス」へ移行するタイミングにおいて、掲載データから破産や再生に関する該当ページを削除する程度のことは容易なことであると考える。
 仮に上記の早急な実現が難しい事情があるとしても、「破産者マップ」が、「官報情報検索サービス」から破産者等の個人情報を大量取得していると推認される事情に鑑みると、これを規制する方策、具体的には「官報情報検索サービス」においてもこれらの情報をテキスト出力せず、ログイン時の画像認証を導入する等、過剰なアクセスや情報の機械的大量取得を不可能にするなどの技術的対策を行い、個人情報の悪用を防ぐ必要がある。

2 申入れの趣旨2について
 貸金業法は、加入貸金業者に対し、信用情報機関から資金需要者に係る信用情報を取得する場合、または、信用情報機関に顧客の信用情報を提供する場合、あらかじめ同意を得ることを義務付け、実際に貸金業者は、契約締結の際にこれらの同意を顧客から取得している。つまり、個人の破産や再生手続の経歴を、取得に同意を要する要配慮個人情報に含めたとしても、信用情報機関や貸金業者を始めとする金融業界に大きな影響があるとは考えにくい。一部信用情報機関においては、現在、官報に掲載された情報は取得していない旨を明言しているところもある。むしろ、個人の重要な信用情報を同意なしに取得できる現行の個人情報保護法の定めが、破産者等の生活再建の妨げとなっている弊害の方に目を向けるべきである。
 当協議会は、2020年1月10日付「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直し 制度改正大綱」に関する意見書において、オプトアウトの対象となる個人データの限定を求める意見を述べたが、改めて、個人データの限定を求めるとともに、特に、個人の破産および再生手続きの経歴やいわゆる信用情報を、個人情報の保護に関する法律第2条第3項に定める「要配慮個人情報」に含めるよう求める。

3 申入れの趣旨3について
 破産手続等においては、開始決定から免責決定を得るまでにかかる期間や、開始決定と同時に定められる債権届出の期間等は個々の事件に応じて様々であることからすると、公告の掲載時期や期間といったものも、当該個別の事情に応じて、柔軟に行われるべきである。そして、前記「忘れられる権利」との関係においても、また、破産法の目的との関係においても、最低限の公表期間が過ぎさえすれば、後はインターネット上でいつまでも公開し続けることは慎むべきである。
 しかし、国立印刷局が発行する官報に掲載する形で公告をしている以上、事件に応じた柔軟な対応は望めず、一度掲載した後は、そのまま公開し続けるしかないのが実情である。
 今日、世界の倒産公告においては、裁判所ウェブサイトからの情報発信は当たり前になっている。2019年9月1日に「倒産手続のIT化研究会」が公表した「倒産手続のIT化に向けた中間取りまとめ」においても、IT化の実現に向けたプロセスの中で「フェーズ3」の段階において、手続きの開始決定を「官報公告への掲載に代えて、裁判所のオンラインシステム上での掲示によって」実施していくとされている(26頁)。このことは、一定の評価ができるものであるが、破産者等の個人情報が無制限に利用されている現状に鑑みると、さらに早急な実現が望まれるものである。

第4 最後に
 「破産者マップ」は既に閉鎖されているものの、同様のWEBサイトがいくつも出現し、匿名掲示板への書き込みが相次ぐなど、問題は一向に収束しないばかりか、海外の匿名サーバーを利用することで運営者の特定を困難にするなど、事態は深刻化している。そして、これらは全て、破産手続開始の決定等が「インターネット版官報」によって公開され、手続きが終了した後も不必要にインターネット上で閲覧可能とされていることに端を発するものである。
 当協議会では、「破産者マップ」の出現以降、被掲載者の方々を対象とした無料の電話相談を実施しているが、そこには、自身の破産経歴によって子どもがいじめられ転校を検討せざるを得なくなるなど家族の生活に深刻な影響を与えることを危惧する声や、職場の同僚に知られてしまったことによって退職を余儀なくされ、体調に異変をきたし生活がままならなくなっているという悲痛な相談が多く寄せられており、現行の官報公告制度に対する不満や問題提起なども少なくない。
 公告はオープンに行われるべきものであるとしても、それを悪用されることによって破産者やその家族のプライバシーや名誉が損なわれ、不当な差別によって取り返しのつかない被害が生じることは絶対に避けなければならない。
 破産者等の個人情報が、不必要に複製・拡散されないような検討・取り組みが早急に求められていると考える。

 よって、申し入れの趣旨記載のとおり、①ただちに「官報情報検索サービス」から破産者等の個人情報を削除し、仮に、これの早急な実現が難しい場合でも、破産者等の情報の機械的大量取得を不可能とする技術的な対策を講ずるべきであり、②破産や再生の経歴を含む個人の信用に関する情報を、個人情報保護法における「要配慮個人情報」に含めるよう求めるとともに、③公告そのものを官報に掲載せず裁判所において実施するよう求める次第である。