'13-04-25 小野市福祉給付制度適正化条例の即時撤廃を求める会長声明

全国青年司法書士協議会

会 長 谷 嘉浩



私たち全国青年司法書士協議会(以下、「当協議会」という。)は、全国の青年司法書士約3,200名で構成する「市民の権利擁護及び法制度の発展に努め、もって社会正義の実現に寄与すること」を目的とする団体である。当協議会は、「全国一斉生活保護110番」をはじめとして生活保護に関する様々な取り組みや子どもの権利擁護のための取り組みをしてきた立場から、兵庫県小野市が制定した「小野市福祉給付制度適正化条例」に関し、以下のとおり声明を発する。



声明の趣旨



小野市福祉給付適正化条例は、次の理由から直ちに撤廃すべきである。

 ①私生活上の事実関係についてすべての市民に相互監視の責務を負わせ、結果としてすべての市民のプライバシー権を侵害する憲法違反があること。

 ②生活保護法、児童扶養手当法の趣旨に反して、受給者の行動を監視し、事実上の行動の制限を与えるものとして違憲、違法であること。

 ③福祉制度の受給者に対する差別・偏見を助長する条例であり、施策として全く的外れであること。



声明の理由


兵庫県小野市議会は、平成25年3月27日、「小野市福祉給付制度適正化条例」(以下、「本条例」という。)を賛成多数により成立させ、同市は、本条例を4月1日から施行した。
本条例の成立をめぐっては、小野市長による議会上程を受け、特定非営利活動法人神戸の冬を支える会(理事長森山一弘)が、小野市長に対して本条例の撤回・廃案を求める要望書を提出し、当協議会は直ちにこれに賛同する旨を表明していたところである。しかしながら、結果的に、本条例が賛成多数により成立してしまったことは、極めて遺憾である。
そこで、当協議会は、改めて本条例の即時撤廃を求めるため、本会長声明を発するものである。



1.市民の相互監視の責務

本条例第5条は、市民及び地域社会の構成員の責務として、「市民及び地域社会の構成員は、受給者に係る偽りその他不正な手段による受給に関する疑い又は給付された金銭をパチンコ、競輪、競馬その他の遊技、遊興、賭博等に費消してしまい、その後の生活の維持、安定向上を図ることに支障が生じる状況を常習的に引き起こしていると認めるときは、速やかに市にその情報を提供するものとする。」(第3項)と規定され、市民に対して、一定の事由がある場合に、受給者の金銭の費消の内容について情報提供の責務を定めている。

情報提供(通報)の責務について、蓬萊務小野市長は、同市のホームページ上において、本条例で目指していることは、市民の相互監視ではなく市民相互の「見守り」である旨を弁明している。しかし、「見守り」とは、個人的・地域的な信頼関係等に基づく「継続的な支援」を指す言葉であり、その対象に対して法的制裁を与える目的でする行為では決してない。他方、本条例は、その対象者(受給者)に対して生活保護法又は児童扶養手当法上の支給制限を行いうる行政機関に対して、その対象者にとって不利な情報の提供を求めるものである。情報提供を責務と定められた市民は、誰が生活保護受給者や児童扶養手当等の福祉利用者であるか判らず、ましてや常習的な浪費実態を判りようがない。受給者も、家計管理ができない人間とみなされかねず、見守りでなく監視と受け止める。その結果、パチンコをしただけで通報され、日常生活全体の監視が行われ、受給者とその家族のプライバシーをいたずらに暴き出す風潮をつくり出しかねない。まさに本条例第5条第3項は、市民相互の「監視」を責務として求めているものである。
また、受給者は家計管理ができない人間という誤った情報が伝わり、差別や偏見を助長し、申請がしづらくなることも考えられる。



2.憲法第13条違反

上述のとおり、本条例第5条第3項は、市民の相互監視の責務を定めたものである。そして、その監視の対象は、受給者(受給しようとする者を含む。)について、「パチンコ、競輪、競馬その他の遊技、遊興、賭博等」をしていないかどうかという私生活上の事実関係である。

一般に、私生活上の事実関係について他の市民や公権力によって濫りに情報を取得され、保有され又は利用されることはないという意味のプライバシー権を観念でき、これは憲法第13条に規定する幸福追求権の一つとして当然に認められるべきものである。

本条例は、上述の意味のプライバシー権に対し、市民の相互監視の責務を定めることにより一定の制約を与えることになるから、制約の手段が本条例の目的に比して必要最小限のものか慎重に検討されなければならない。
 本条例第5条第3項は、「受給者」について、偽りその他不正な手段による受給の疑い、又は、パチンコ、競輪、競馬その他の遊技、遊興、賭博等の費消について市に情報提供を行うことを市民の責務として定め、その前提として、市民の相互監視を求めるものである。しかし、当然のことながら、個々の市民は、他の市民が福祉給付制度の受給者であるか否かの情報は持ち合わせていない。したがって、市民の相互監視の対象は、事実上、受給者ではない他の市民、すなわち「すべての市民」にも及んでいくことになる。したがって、本条例は、「すべての市民」を相互の監視のもとにおき、すべての市民のプライバシー権を一律に制約する結果を導くこととなる。このことは、福祉給付制度の受給者の常習的な浪費の防止と自律した生活支援という本条例の目的を達成するための必要最小限の制約とは到底いえず、憲法上許容されるものではない。

  さらに言えば、本条例が施行されることにより、受給者にとっては「監視されているのではないか、通報されるのではないか」との疑心に常に苛まされることになる一方、受給者ではない市民にとっても、「監視していると思われるのではないか。通報者であると思われるのではないか」と、心の平穏が常に脅かされる事態となることは明らかであり、このような市民相互の監視社会は、個人の尊厳の原理により個人の人格的な自律を尊重しようとした日本国憲法の理念とは全く相いれないものである。



3.憲法第94条違反、生活保護法違反、児童扶養手当法違反

  自治体による条例制定権は、法律の範囲内で認められるにすぎず(憲法第94条)、法律の趣旨、目的や内容に違反する条例を制定することは許されない。生活保護法第27条第2項は、「指導及び指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない」と規定し、同条第3項は、「被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。」と、保護の実施機関の行き過ぎた指導又は指示を禁止する旨明文化している。

また、生活保護法及び児童扶養手当法は、市民がこれらの制度により金銭的な給付を受けるについて、上記の指導又は指示の範囲を超えて行われる行動の制限を一切認めておらず、無論、その前提としての監視活動を認めるものでない。

  にもかかわらず、本条例は、市民が福祉給付を受けるのと引き換えに日常生活に対する監視を受け、公権力による干渉又は行動の制限を受けることを事実上強制するものであり、生活保護法及び児童扶養手当法の趣旨に明らかに反している。したがって、本条例は、これらの根拠法に違反するとともに、憲法第94条にも違反している。



4.求められる施策

残念ながら、現時点においても、生活保護を利用している市民や児童扶養手当の支給を受けているひとり親世帯の市民が、種々の理由なき差別や偏見にさらされており、その差別・偏見が当事者を苦しめ、時に自立を阻んでいる場合があるのである。この受給者に対するスティグマ(社会的烙印)を払しょくし、差別・偏見のないよりよい市民社会を形成していくことこそ、行政機関に課された重要な役割である。にもかかわらず、本条例は、第1条に「福祉制度に基づき給付された金銭の受給者が、これらの金銭を、遊技、遊興、賭博等に費消してしまい」と規定しているように、福祉制度の利用者が常習的な浪費をすることが頻繁であるかのような規定をおき、払しょくされるべきスティグマ(社会的烙印)を助長させている。したがって、本条例は、行政機関の果たすべき役割を顧みない、全く的外れな施策であると言っていい。

この点、生活保護その他の福祉給付制度を利用している市民及び利用しようとする市民にとって必要でありかつ最も有効な施策は「監視」ではなく、「支援」である。そして、支援の内容として、たとえば、本条例が念頭に置いている「ギャンブル依存症」などの問題のあるケースについては、その医療的支援や、家族その他の関係者を含むケースワークの充実こそが必要不可欠であり、真の解決への唯一の道筋であることを我々は活動経験から学んでいる。小野市は、本条例を即時に撤廃するとともに、本来求められているこのような施策を速やかに実行に移すべきである。



5.憲法第25条により保障された権利

 市民一人ひとりの健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が保障されてこそ、すべての市民の命や生活を守ることができる。その当たり前のことを実現するために設けられた福祉給付制度を利用して金銭給付を受けることは、憲法第25条により保障された市民の当然の権利である。この当然の権利を実質的に保障していくため、プライバシー権を侵害し、根拠法にも違反し、さらに福祉制度の利用者に対する偏見を助長する本条例は即時に撤廃されるべきである。


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